Introduction 

原子間力顕微鏡 (Atomic Force Microscopy: AFM) は,1980 年代に開発されてから現在に至るまで,様々な用途で活用され,新たな研究領域を切り拓いてきた。AFM の利用により,マイクロメートルからナノメートルスケールという超微視的スケールの表面構造や表面特性を可視化できるようになり,その結果,半導体や圧電材料にはじまり,エネルギーやライフサイエンス研究と多岐にわたる領域で用いられるようになってきている。AFM 技術の進展に伴い,今日では,原子・分子の格子構造のような超高分解能の表面構造観察や,HeLa 細胞のような生体試料のライブ観察など,これまでにない微視的スケールで対象を特徴づける新たな視点を研究者に提供し続けている。

過去数十年に及ぶ AFM 技術の発展は,より柔らかく壊れやすい試料への適応であったり,表面形状観察以外の多様なナノ物性解析への展開,そして,測定の再現性や使いやすさの向上を中心に進められてきた。これらは特定の用途に限定されず,汎用的なコア技術として AFM の発展を支えてきた。こうした AFM 技術の発展とそのアプローチの中心にあるのが,AFM 測定モードである。

The Origins of AFM

走査型トンネル顕微鏡 (Scanning Tunneling Microscope: STM) は,1980 年代初頭に IBM チューリッヒ研究所のゲルト・ビニングとハインリッヒ・ローラーによって開発された。AFM と同様に STM も探針を試料表面上で走査し,探針先端と試料表面との間に働く相互作用を分析する。STM では金属製の探針を使用するのが大きな特徴である。この探針を,導電性の試料表面上 1 nm 程度まで近接させると,ポテンシャル障壁を超え絶縁体で隔てられた探針-試料間に電流が流れるようになる (トンネル電流)。STM は,この量子トンネル効果に基づき開発されている。ビニングとローラーは,STM 開発の業績により 1986 年にノーベル物理学賞を受賞し,AFM 開発の基礎を築いた。その後ビニングは,共同研究者であるカルビン・クエートとクリストフ・ゲルバーとともに最初の AFM を開発した。1989 年には,世界で最初の商用 AFM が市場に投入され,それ以降 Bruker は多数の特許技術と数十種類におよぶ AFM モードの開発・拡張により,AFM 技術及び業界を牽引し続けている。

AFM の登場以前は,微小領域の表面分析は電子顕微鏡観察と各種光学顕微鏡技術の組み合わせにより行うのが一般的であった。しかしながら,光学顕微鏡観察では,回折限界のため空間分解能が数百 nm に制限される。また,高さ情報に関しても,表面の反射特性に強く依存し,正確な値を分離することが困難である。一方,電子顕微鏡観察では,極めて高い水平方向(面内)分解能を実現可能だが,試料の高さを直接測定できず,また,雰囲気制御が必要であることから,観察可能な試料にも多くの制約が存在する。これに対し AFM は,水平方向・鉛直方向の双方において非常に高い空間分解能を有し,また,様々な環境下における多様な試料の測定にも対応可能である。

以下に,原子間力顕微鏡(AFM)の基本的な動作原理を示す。

  1. カンチレバー(微小な片持ち梁)の自由端側に取り付けた探針を,試料表面上の微小領域において水平方向に走査 (raster scan) する
  2. 探針が表面上を移動すると,表面の高さ変化に応じてカンチレバーがたわむ
  3. カンチレバーのたわみ量(変位信号)は,レーザーあるいは超発光ダイオードからカンチレバー背面に照射した光の反射光を位置感応型光検出器 (PSPD) で受光することにより検出される(光てこ法)。
  4. この一連のプロセスの中で,カンチレバーの変位信号をフィードバックに圧電アクチュエータを動作させ,探針-試料間距離が設定値からずれないよう両者の距離を近づけたり遠ざけたりして位置制御を行っている。
この一連のプロセスの中で,カンチレバーの変位信号をフィードバックに圧電アクチュエータを動作させ,探針-試料間距離が設定値からずれないよう両者の距離を近づけたり遠ざけたりして位置制御を行っている。


What Is an AFM Mode?

拡大を続ける最先端の材料・応用研究領域からの多様なニーズ及びその変化に対応するため,AFM の測定技法や装置も継続的に進化を遂げてきた。こうした進化の中心にあるのが AFM モードという概念である。これは,探針そのものの変更・改良や,評価する探針-試料間相互作用の変更を意味する。AFM モードは,単一の改良から成る場合もあれば,複数の要素が組み合わさる場合もあり,測定環境を構成するすべての条件がそれぞれ独自の AFM モードを形成している。

Foundations: Topographical Modes

試料のトポグラフィー (形状) を評価し,他の AFM モードの基盤となるのが,Contact mode,TappingMode,PeakForce Tapping® の 3 モードである。これらのモードはいずれも,カンチレバー先端に取り付けられた探針と試料表面との相互作用(接触)を評価するという共通のコンセプトに基づいており,装置構成も類似している。しかし,カンチレバーや探針をどのように動かすのか,そしてそこから得られる信号の評価方法は,モードごとに異なっている。

Evolution: Property Measurement Modes

AFM は単に表面形状情報を取得するだけでなく,ナノ局所場における物理応答や材料特性を取得・解析する用途にも利用可能である。これまでに開発されてきた多様な表面特性評価モードにより,AFM はナノスケールの材料解析において極めて強力な手法となっている。特性評価モードの多くは,専用の探針,モジュール,または解析手法を必要とする。たとえば,ナノ電気特性測定には,導電性を備えた探針と電圧を印加する装置セットアップが必要となる。電気化学応答を測定するには,専用の電気化学セル等のハードウェアが求められる。

Complementary Technologies

個々の形状測定モードや特性評価モードは,Bruker の DataCube や ScanAsyst® といった先進的な機能によってさらに拡張可能である。

DataCube(付録 A)は,情報量が豊富な,多次元的なデータセットを取得するハイパースペクトルイメージングおよびそのデータ管理手法である。ScanAsyst(付録 B)は、イメージングパラメータを自動で最適化し,データ取得を容易かつ一貫したものとする技術である。

Constant Innovation

日々進化を遂げる研究および産業界のニーズに応じて,AFM モードの種類は拡大し続けている。新しいハードウェアやソフトウェアは,先端的で高度な実験を可能にする。利用可能なモードに関する最新情報については,弊社のウェブサイト (www.bruker.com/afm-imaging) を参照されたい。

How to Use This Handbook

本ハンドブックでは,Bruker 製 AFM に搭載されている多様な動作モードを紹介しており,標準的な高分解能形状イメージングを超える幅広い測定モードを網羅している。これらのモードは,形状(morphology),電磁気特性,熱特性,機械特性,化学特性,電気化学特性,マニピュレーションの 7 つのカテゴリーに大別される。各カテゴリーの冒頭には,その中に含まれるモードをサブカテゴリーごとに整理した専用ページを設けており,これによって関連するモードを容易に確認できるようになっている。各モードのページでは,そのモードの概要,動作原理,利用すべき場面などについて解説してあり,あわせて関連する多数のデータセットや測定画像を添えている。

Constant Innovation

多くの AFM モードは,既存のモードを拡張する形で開発されてきた。そのため,より新しいモードでは基礎となるモードがその構成要素の一部となり,モードの呼称も複雑化する場合がある。

例えば,PeakForce QNM® は,PeakForce Tapping 動作中に取得されるリアルタイムの Force-Distance Curve データを利用して,定量的なナノ機械特性情報を抽出するモードである。この例では,PeakForce QNM が実際の測定モードであり,PeakForce Tapping は PeakForce QNM を構成する技術として用いられている。

本ハンドブックでは,ページのタイトルに記載された名称が「一般的なモード名」を表している。本文中で言及されるその他のモード名は,構成技術,あるいは主要モードとの比較として登場する二次的なモードである。

AFM Probes

各モードの解説ページには,推奨される Bruker 製プローブも併せて記載している。プローブはモデル名で記載しており,類似したモデルを括弧でまとめて表記する場合がある。例えば,「SCANASYST-AIR(-HPI)」という記載は,「SCANASYST-AIR」と「SCANASYST-AIR-HPI」の両方が推奨プローブであることを意味している。これらの推奨プローブのリストは網羅的でないものの,各カテゴリーで広く使われている代表的なプローブを示しており,研究を始める際の目安となる。

より詳しいプローブ情報については,(www.brukerafmprobes.com) を参照するか,プローブ選定ガイドを確認されたい。



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